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2017年3月24日 (金)

宇治分校(2)

宇治分校(2)

 

もう一方の英語の教科書 (An American Tragedy, Theodore Dreiser) の文章は少々難解である。 この英語の先生はよほど共産主義がお好きらしい。 彼は資本家がいかに労働者階級を搾取するかについてくどくど説き、私たち若者は怠惰な眠りから目覚めなければならないと説く。 ついでに、Bonnie and Clydeも読んだらよいとすすめる。 クラスには北野高校からきた幾人かがグループをつくっていて「ああ、また同じことをいいだした。 もうええかげんにして欲しいわ。」とまわりに聞こえよがしにささやく。 私は食堂で昼飯は何を食おうかとぼんやり考えている。 食堂は雑草のはえた運動場の端っこにある。 

 

 

 

ところで授業の「An American Tragedy」にもどろう。

 

ニューヨーク州の小さな町。 クライドは貧しく、学歴もなく、自分の人生に不満をもつ青年だ。 彼の両親は救世軍と賛美歌、即ち、宗教に凝っていて、実世間のことなどにはまったく無関心。 自分たちの息子も宗教活動にはいってくれるのが唯一の望みである。 彼は両親の生活と自分への期待が嫌で、低賃金の職をてんてんと渡り歩く。 クライドはシカゴに行きホテルのボーイの職につく。 そこで成功してはぶりのよい叔父サミュエルに出会う。 叔父はニューヨーク州のある町の服飾工場のオーナーで、クライドに自分の工場で働くよう薦める。 クライドはシャツの襟を作る工場に勤めはじめる。

 

 

 

クライドは自分が監督する班の女工ロバータとデートするようになる。 彼女はクライドを自分の女友達や両親に紹介する。 ところがしばらくして、クライドにはハイソサエテイの人々と付き合うチャンスがおとづれる。 彼は別の工場主の娘サンドラに惚れる。

 

いまやロバータは妊娠している。 ロバータはクライドに結婚してねと執拗に迫る。 うっとうしい。 クライドはロバータをボートに乗ろうと湖に誘う。 まわりに人はいない。 ボートが転覆する。 ロバータは泳げない。 おぼれる。・・・・

 

警察による検証・・・弁護側と検察側の法廷闘争・・・クライドは電気椅子へ。

 

 

 

食堂で昼食。 私たちは外食券と35円から60円くらいの昼食を食う。 ここでは飯以外にちょっとした学用品や日用品も売っている。 13:00 から16:00まではかびや油や薬品のにおいのまじりあった、薄暗くひんやりした部屋で物理学実験だ。 監督者のもとで機器が渡され物質や装置の特性の測定をやらされる。 力、たわみ、振動数、音波、光、電磁気などなど。 学生は数グループにわけられ協力して実験、測定を行いあとでレポートを提出する。

 

 

 

下宿へ30分ほどの帰り道。 たんぼや林をぬけてほこりっぽいかえり道にはほぼ平行に電車の線路もはしっている。 宇治川を渡ってメインストリート(もちろん無舗装)の両側には学生用の食堂、牛乳屋、風呂屋、映画館、学生に下宿部屋を貸す民家とわが下宿先の写真館などが立ち並ぶ。 つきあたりが「あがた神社」。 薄暗くなってきた。 学生食堂で外食券と40円で夕食。 晩には風呂屋へ。

 

自宅から通学する学生以外は京都市内で月10003000円、学校近辺の農家で月500700円くらい、そして宇治市内は古い民家の多くは月8001500円くらいで下宿する。 食事は外食券が使える学生食堂で食う。

 

宇治から京都三条への電車の路線の途中に中書島という駅がありこの地区には公認の遊郭があった。 客に病気をうつさないように、ここの遊女は定期的に検診を受ける。 しかしこの年に売春禁止法が実施され、遊郭の家屋は学生の下宿屋に転業した。 大学生協は学生に月6001000円くらいの下宿を斡旋し、遊郭の転業の後押しをした。 あるとき私は友達の部屋を見せてもらった。 ステンドグラスの窓があり、インテリアもなんとなくなまめかしいムードをかもし出しておりこりゃたまらんと心の中で思った。

 

 

 

ところで「代数学と幾何学」(矢野健太郎)の110分。 線形代数は工学部の学生にも経済学部の学生にとっても、コンピュータが充分発達した現在でこそ極めて便利な道具だが、当時の私には抽象的で理解しにくいものだった。

 

別の数学の110分は「微分積分学」(矢野健太郎)。 矢野健太郎の2冊の教科書は誤字だらけで好きにはなれなかった。 これ以外に数学演習110分があり、研究所の若い助手が私たちを指導した。

 

数学は私たちにとっては単なる道具にすぎない。 数学を本業とする学者は素人を気軽に取り組ませるのは数学者の権威にかかわるとばかりに、ε-δ論法などとまわりくどい話で連続の説明をしたり、必要以上に厳密な上にも厳密な論法で、私たちを早く飽きさせて脱落させようとしているように見えた。

 

後に就職して、私には現実の技術問題を解くため、色々な数学の手法と原理を新たに学ぶ必要があったが1958年に出会ったような無益な項目に出会ったことはなかった。 

 

 

 

次に工学部の学生にとって必須なのは英語とドイツ語。 重要な技術論文や技術雑誌などは英語のほかにドイツ語で書かれている。 ドイツ語の授業は文法(110分)、講読(110分)、会話(110分)。

 

文法は英語よりも面倒だが、単語のつづりと発音は殆どが極めて規則的で、英語のようにつづりをおぼえる必要は全くない。 まあ、論理学をやっていると思えばよい。 私はドイツ人はよほど理屈っぽいのだなと思った。 ひとつの文章を理解するのに長くて辞書を引くのは面倒だが、訳は数学を解くように論理的にやればよいので、逆に不規則だらけで、いろいろな語源からなる単語の数が多い英語よりもやさしい。

 

ドイツ語の講読の授業は比較的簡単な物語からはいったが、辞書さえあれば簡単だった。 

 

水曜日の15:00 から16:50まではドイツ語会話だ。 背の高いはげ頭のドイツ人の教官がまず簡単な文章を大きな声ではっきりと発音し、私たちはその後唱和する。 授業は楽しかった。

 

 

 

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