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2017年3月24日 (金)

宇治分校(4)

宇治分校(4)

 

8月の始めに合宿所から開放され、8月の終わりまで郷里で過ごした。 毎朝涼しいうちに、犬を連れて武庫川河川敷へ散歩に出る。 昼は高校時代の友達などと集まって話しをしたりする以外に、なにせ暑いので、家でごろごろする以外に何もできない。 父の本棚にあったショーロホフの「静かなドン」の翻訳本を引っ張りだして、興味にまかせて読み始めた。 小説は長かった。 

 

・・・ドン川の両岸には草原広がり、麦畑とコサックの部落がある。 コサックの若者グリゴーリイと隣のステパン家の若嫁アクシーニャとはふざけあう間柄だったが、だんだんお互いが好きになってゆく。 グリゴーリイの親父パンテレイは、こりゃいかん、問題が起こる前にとコサックの娘ナターリヤと結婚させる。 ところが第1次大戦が始まりコサックの男たちは戦地に招集される。 

もちろんステパンも。 ・・・やがてグリゴーリイもドイツとオーストリーの戦にかり出される。 ・・・ ここまではどこの国でもよくありそうな話だ。  

 

ところが、本当の悲劇はこれから始まる。  革命それに続く内戦!!! 

国どうしの戦いは利害にもとづく。 原因も簡単、収束も単純。 ところが今度はイデオロギーの戦いだ。 赤いか白いか。 ドン川流域のコサックの村にも村人を赤く染めようとコミッサールが入りこんでくる。 同じ村の村人は赤と白に分かれて殺しあうことになる。 殺しあう理由はほんのばかばかしい理由だ:赤につくか白につくか。

グリゴーリイは周囲の状況に流され、あるときは赤軍、あるときは白軍として戦う。 彼は片方が相手方を殺すのに、どれほどの正しい理由があるのか、100%信じているわけではない。 しかし殺さなければ、殺される。 生き延びるために殺すのだ。

ついに彼は敗残兵となる。 赤軍の連中が探す。 彼はアクシーニャと逃げる。 アクシーニャは撃たれ馬から落ちる。 

彼はすべてを失ったと思った。  失意!!!  しかし、ひとりの息子だけは残っていた。 物語はここで終わる。

 

「静かなドン」を読んで私はイデオロギーのための戦争は最も残酷な戦争だとおもった。 共産主義は宗教の一種にすぎない。 宗教は「光」と「闇」という最も原始的な理由で物事を分ける。 これは人間の未発達の脳ミソで創り出した絵空事だ。 それにもかかわらず人々は宗教が異なるという理由で殺しあう。 領土争いの戦争の方がまだましだ。 こちらは終わるのも簡単だ。  宗教戦争は相手の皆殺しまでつづく。

9月にはすでに宇治の写真館の2階の下宿部屋のもどっている。 ボート部の練習はない。 学生たち10月の中ごろにある中間試験の準備をしなけれればならない。 試験は前期での私たちの学業履修度をはかるものだ。 試験の一週間くらい前まで授業はあるが、午後3時ごろからは自由だ。 試験勉強をしたり読書をしたり。 夕食後数学と物理学の問題に取り組む。 前期ではボートの練習があり、あまり勉強していなかったので頭が痛い。  夜おそく、勉強のあと気分転換に散策に出ると、あちこちの下宿屋の窓には灯がともり、学生たちが勉強や読書に励んでいる影法師が見えた。  涼しい空気の中、ぶらぶら歩くのは気持ちがよい。  月明かりの中に、1000年年前に建立された国宝の平等院が見えた。  

受験準備に追われた1ヶ月が過ぎ、必要な課目の中間試験に合格した。 10月中旬に後期授業が始まった。 

 

我々学生は両親から離れているので、親の目を気にする必要はなく自由に振舞うことができる。 写真館のせがれはよく我々の2階の部屋を訪れ、我々3人はしゃべったり、歌ったり、タバコをすったり、時にはウイスキーを飲んでおおいに楽しんだ。

ある晩、せがれはしこたま酔っ払ったので、我々は彼を肩にかついで階段を下り、彼の寝室の寝床に寝かせて、自分たちの部屋へもどりぐっすり眠ってしまった。  つぎの朝、おばさんは登校しようとする私たちに抗議した。 なんでも、せがれは食ったものをすべて吐き出したあげく、便所で寝ていたのを朝方に見つけたらしい。 我々に2度とこんなことを起こさないようにときつく注意した。  このとき以来私たちはしばらくは謹んで生活した。

 

ボート部の練習は新人の真野への遠漕で始まった。 新人20数名が4人の先輩部員の引率で3艘の木造の艇に分乗し瀬田川を出て琵琶湖の西岸に沿って北へ漕ぎ出す。 1艘につき約10名で6人の漕手とコックスが定位置に、それ以外は甲板で交代要員に分かれる。  

左には秋の比叡山が横たわる。 いつものように頭の上は青い空であってくれれば、ありがたいのだがあいにくの曇り空。 右側にはいつもならきらきら輝く湖面だがあいにくこの日は薄ら寒いさざ波。 はるかに比良山もくすむ。

昼頃左岸に上陸し、ボートを砂浜に引き上げて休憩する。  砂浜の松林で枯れ枝を拾い集め、焚き火をおこして車座になり、昨夜当番がこしらえた「にぎりめし」を食べる。  昼食後は相撲をとったり、バレーボールをついたり、松林を散歩したりする。

ころあいをみはからって、「全員艇へ!」、主将の号令。 艇を砂浜から湖面へ引き摺り下ろしして湖へ漕ぎ出す。 ゆっくりと帰途につき、夕方に疲れきって艇庫に到着した。 これは来年2回生になってからの琵琶湖周航の予行演習だ。

 

真野遠漕の後の毎日の放課後は運動場での陸上強化練習がつづく。 後期の試験までは時間があるので下宿へもどってからは夜には時間がたっぷりある。 私は「大菩薩峠」という長い長い小説を読み始めた。 この小説は明治維新までの様々な人々の人生を描き、ついでに作者中里介山の文明批評まで自由に混ぜ合わせた仏教小説というべきか教養小説というべきか。 

夏休みには「静かなドン」を読み、秋には「大菩薩峠」を読み始めたがいずれの小説でも、時代が大河のように流れ、その中で個々の人間は、うまれては消えてゆく小さな渦のようなものだと感じた。

(ついでだが、漕艇では漕ぎ方がまずいと渦は弱々しく、すぐに消えてなくなるが、しっかり正しく漕ぐと渦はいつまでも艇の後ろに残っている。) 

 

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