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2017年3月24日 (金)

宇治分校(5)

宇治分校(5)

 

ところで、学校から東の方に電車の「黄檗駅」があり、線路からさらに東には黄檗宗大本山の「万福寺」がある。 黄檗宗は禅宗のうちでもやや臨済宗に近い。 黄檗宗は唐の僧・黄檗希運(860)の名に由来する。 「万福寺」は清から日本に招聘された僧1654年によって建立された。

 

12月に端艇部の新人は先輩の指導のもと「万福寺」に20日間ほど合宿することになっている。 

5時に起き、トレーニングをし、僧の指導で座禅、読経して7時頃に朝飯を食べ、その後登校する。 放課後にまたトレーニングがあり、7時に晩飯を食べ、9時から30分くらい年長の修行僧の監督のもと座禅して、その後就寝する。

 

座禅の時は住職が上座につき、修行僧たちと私たち学生は互いに3メートルほど隔てて、2列に面座して結跏趺坐する。 最初、結跏趺坐は足がすぐ痛くなり難儀したが、徐々に慣れていった。

監督の修行僧は言う。

背筋を伸ばし、肩の力を抜こう。

ゆっくりと息をはき、ゆっくりと息を吸おう。

自分の吸い込む息とはく息に集中しよう。

雑念が吐く息とともにゆったり宇宙に流れ出てゆき、

宇宙の気が、ゆっくり自分の腹に吸い込まれてゆくのを感じよう。

 

息を吐く・・・息を吸う・・・息を吐く・・・息を吸う・・・

くさぐさの雑念はゆっくり流れ出てゆく。  同時に身体の感覚が研ぎ澄まされてくる。

鼻の頭がかゆい。  背中もかゆい。 昼間教室のドアで思いっきり打った左のひじが痛い。

雑念がきえると、こんどは足が強烈に痛み出し、座禅の姿勢をくずさねばならなくなった。

 

瞑想?のあとには「摩訶般若波羅蜜多心経」を合唱する。

「・・・舎利子。色不異空、空不異色、色即是空、空即是色。受想行識亦復如是・・・」

私は、「色不異空」「空不異色」に驚いた。 ものの本によると「実在は無に異ならない」「無は実在にことならない」ということらしい。 私にとっては初めての考え方だ。 

最初はゲーテの「ファウスト」の主人公が語る言葉「人生は空中に浮遊する水滴に太陽の光があたって生ずる虹のようなものだ。」を思い出した。  「なるほど人生は幻影にすぎない。」 しかし、これもまだよくわからない。 

 

後に物理学の授業で、相対性理論によると、エネルギーと質量が等価であること知った。  これは実験で確認されたことで、質量は消失すると大きなエネルギーとなり、このことがヒロシマの原爆につながった。  飛散したエネルギーはエネルギーの塵となって宇宙のどこかに浮遊して、あるとき、別のエネルギーの塵とともに冷やされて再び質量に転換するということであった。  

物理学ではエネルギーは質量と等価である。  エネルギーが死んだ状態、すなわち、質量を有する状態は「存在」を意味する。  エネルギーが生きている状態は質量を有しない状態である、すなわち「非存在」を意味する。  私は結論した「存在は否存在に転換できる。  非存在は存在に転換できる。」  今は、えらい物理学者が言っていることだから、とにかく「色不異空、空不異色」は「e=mc^2」のことだな。

 

ところで、食事の準備と後始末は当番がおこなう。  自分が当番のときは、座禅には参加しなくてよい。  当番以外の学生達が座禅で結跏趺坐しているとき、当番は井戸から冷たい水を汲み上げ、食器を洗わなければならない。  座禅で座るのは地獄である。  しかし冷水で食器を洗うのも地獄である。

 

無事「万福寺合宿」も終わり、下宿から学校へ通う。 隣部屋の友人が明治時代に早稲田大学が出版した「通俗三国志」を貸してくれた。  私は三国志が大好きである。 中学時代に吉川英治の「三国志」を何回か読んだ。 ただ高校時代には図書室で羅漢中の「三国演義」を読んでからは、吉川英次の「三国志」になんとなく違和感を感じていた。 私は6歳のとき上海から引き揚げてきた。 あのときの列車の車窓から見た大地の印象となんとなく違う。 国民性の違いからか和製三国志は情緒に過ぎる。 あのカラリとした残酷さとドライさとに満ちた漢字ばかり多い(もっともフリガナ付き)「三国演義」を読みたいものだと思っていたばかりだったので、再びフリガナ付き漢字ばかりの「通俗三国志」が読めるのは嬉しかった。

 

「通俗三国志」は上下二巻からなり、「天地ヲ祭リテ桃園ニ義ヲ結ブ」に始まり、「孔明秋風五丈原」を経て「王シュンノ計(ハカリゴト)石頭城ヲ取ル」に終わる。 

 

冬期休暇中、私たちは瀬田川のボート部の基地で強化合宿した。  1月学校が始まると開放されて2月の期末試験に備えるため下宿に戻った。    

平常あまり学習しなかったので、にわかじたての試験勉強はしんどかった。 おまけに風邪をひいたりして散々であった。 なんとかやりくりして3月に一年目の後期を終了した。  宇治分校とおさらばするときとなった。

 

これからは2年目の授業を吉田分校で受けるために、宇治の下宿を引き払い瀬田川の教養部合宿所へ引越した。  

 

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