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2017年6月26日 (月)

吉田分校(7)

吉田分校(7)

 

10月になると恒例の琵琶湖周航がある。 これは2回生が主力で、数名の上級生たちの指導で23日の行程で大きな木造のフィックス艇数艘で琵琶湖を一周する。 

 

琵琶湖は南北の長さ60km、東西の最大幅20km。 湖の水は瀬田川に流れ込み、川口から1km下流の右岸に私達の艇庫がある。 

おだやかな天気のとき波はないが、強い風のときには高い波がたつ。

さて25名の部員が3艘の艇に乗船した。 6人の漕手とコックスは定位置に、残りは交代要員として前方と後方に坐る。 時間をきめて役割を交代する。 

 

早朝に船台から北へ向う。 同時に4名のマネジャーが艇の安全航行の見張り役兼伝令役、そして、食料品調達係として自転車で陸路出発する。 出発してから数時間で雨が降ってきた。  風も強くなった。 私達はずぶぬれになった。

 

昼頃、岸に寄り砂浜に艇を引っぱり上げ、枯れ枝を拾って焚き火をおこし、服を乾かした。 私達は松林に座り、昨夜マネージャーが作ってくれた色々なおかずを埋め込んだ赤ん坊の頭ほどの握飯を食った。 しばらく休んでから艇を湖へ引っ張って浮かべ、第一夜の停泊地へ向った。 

 

17:30頃、暗くなりかけたころ左前方の浜に大きな焚き火を見つけこれが最初の宿泊地だと分かった。 私達は漁港に艇をつないだ。 自転車でずっと早くに到着していたマネージャーたちは、八百屋や魚屋で、じゃがいも、たまねぎ、にんじん、鯨肉などを買い求め、宿泊所で調理して大釜へほり込み、ごった煮と飯を炊いていた。

 

次の日予定表にしたがって東に進路を取り「竹生島」を目指した。

時間が過ぎるにつれ風が強くなり、波は高く、漕ぐのが難儀になってきた。 エンジン付きの漁船が近づいて来て、東方へ向うのは危険だから北方の小さな農漁村「菅浦」へ向えと言った。  一行は予定を変更して琵琶湖で最北の小さな村「菅浦」で一晩やっかいになることに決まった。

 

3時頃艇を漁港につないで村の寺に一晩やっかいになった。 村人は私達一行に食べ物をもち寄ってくれた。 食事のあと正座した一行の前に住職が現れた。 一行の責任者が住職に感謝の意を伝える。 それをうけて、住職は説教を始める。 私達は正座したまま拝聴する。

 

3日目の朝。 一行は出港する。 村人たちは岸で見送る。 

村人たちの中で何人もの若い娘たちが手を振っている。 昨日この村には若い女がいないと不思議だったが、学生と問題を起こすのをおそれて娘たちを隠していたのだと、私達一行の部員で大学新聞のレポーターを兼ねていた男の記事にあった。 

 

天気は良い。 竹生島に漕ぎつく。 昼飯を食って休憩する。 泳いだり遊んだりして時間を過ごした後、乗艇して次の宿泊地「長浜」へ向う。 陸路自転車のマネジャーが飯を準備してくれる。

 

周航4日目の朝は快晴だった。 湖面も静かだ。 帰路は順調だった。 午後6時半に瀬田川の艇庫前船台に帰投した。

 

周航が終ると来年5月の戸田で行われる、ローマオリンピック予選競漕に出場する対抗エイトと対抗フォアに出場する予定のクルーメンバーが決められた。  私は対抗フォアのコックスをおおせつかった。 今後は冬の試験期間中の1ヶ月をのぞき、来年5月までこんどはホンチャンの合宿所で生活だ。

Yoshida7

 

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