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2017年6月26日 (月)

吉田分校(1)

吉田分校(1)

 

昭和34年(1959)に私たちは吉田分校へ進級した。  当時の引越しは簡単だ。 布団ズックに布団、寝巻き、教科書類、ノート類、小物を詰め込む。 エフ(名札)にあて先を書いてくくりつけ国鉄の駅まで自転車またはリヤカーで運ぶ。 

 

あて先までの切符を買って、チッキで荷物を送りたいと告げる。 送り先の駅での受け取りチェックをもらい、別の日に国電で移動先へ行く。 移動先の八百屋などでリヤカーを借りて、駅で自分の布団ズックを受け取り、自分の宿に持ち込む。 行く先は国鉄「石山」。

 

瀬田川の唐橋から少し下流の右岸に観客席をかねたコンクリートつくりの大きな艇庫があり、艇庫の入り口の前に広場、その次に学部の合宿所、その横に教養部の合宿所がある。 

これからは瀬田川の教養部合宿所で生活し、吉田分校に通学することになる。

 

教養部(ジュニア)の合宿所は2階建てで、管理人家族4名、ジュニアエイト、ジュニアフォアその他の2回生ばかりの選手20数名とコーチとマネージャーが数人寝泊りする。 

 

隣には学部(本チャン)の大きな合宿所があり、ここは対抗エイト、対抗フォア、その他のクルーと医学部フォアのクルー、コーチたち、マネージャー数人と大所帯だ。 ホンチャンにはときたま新人メンバーも合宿する。

 

ホンチャンの一角には医学部クルーが常に住み着いている。 私達から見ればかなり年上のおっさんたちだ。 瀬田川沿いの散歩道に合宿所は面している。 本物のシャレコウベを顔につけ毛布をかぶって、2階の部屋の大窓枠に腰掛けて、のんびり散歩する若い女性たちをおどかして面白がるのは彼ら医学部のおっさんたちだ。  

 

季節は春で合宿所のまわりや、付近は桜が一杯咲いている。 京津電鉄「石山寺」駅から下流にある石山寺、南郷洗堰までには川の右岸の道に沿って何軒かの旅館がある。 観光客ものんびり散歩だ。

とにかく、緑が多く、桜も多い。 

 

ところで、昨年入学式のあと機械工学科の50名の新入生が学科案内をされた。

教授から、

「すでに承知していると思うが、当科は5年制(教養部2年・学部3年)の制度としている。

諸君はこれから2年間の教養部で、一旦ばらばらに分かれて他の学科の学生たちとの混合の組にはいる。 

勉学やスポーツに、2年間を有意義に過ごして、単位を残さずに、無事に進級してくるように」

と言い渡されていた。 

 

そして現在私が所属している教養部T8組には機械工学科の学生はたしか8名ほどいる。 

 

ボート部では先輩が「宇治分校にいるうちに教養科目は単位をできるだけ多く取っておけ。 2年目になると練習の都合で取れない授業もある。」と言っていた。 

 

吉田分校は1869年に大阪に設立されたビールなどの発酵工学を研究する舎密局(ケミストリーを意味する学問所らしい)を母体として大阪につくられた学校が、1889年に京都に移転して第三高等学校となり、戦後の学制改革によって教養部吉田分校となったものとのことである。  時計台のある本学の門と東一条通りをはさんで向かいあわせに分校の門がある。

 

T850人は、宇治分校でのいままでの教官と新しく加わった教官とに旧三高の教室で授業を受ける。 教養科目だけはクラスがばらばらになり、それぞれが選んだ科目を、他のクラスの学生とともに聴講する。 私の授業の時間割は次のとおりである。  

講義時間

(1) 8:10-10:00 (2) 10:10-12:00 (3) 13:00-14:50 (4) 15:00-16:50

 

月曜日 (1) 英語  (2) 哲学   (3) (4) 実験(前物理、後化学)

火曜日 (1) 化学  (2) 物理   (3)力学演習

水曜日 (1) なし  (2) 力学  (3) 独語

木曜日 (1) 数学    (2) 独語   (3) 倫理学 

金曜日 (1) なし    (2) 英語   (3) 法学

土曜日 (1) 数学    (2) 体育実技

Yoshida_2

 

 

 

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